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だが、Kの死は、結果として不良債権問題に、大きな影響を及ぼしたのである。
Kのケースでは三発の銃弾で二000億円。
一発七00億円である。
第二地銀のH銀行にしてこれが相場だといわれた。
K殺害の実行犯として、韓国からのヒットマンの存在が噂された。
聞社会のリーダーたちの発想が捜査の常識を上回っていたのである。
H銀行の元常務は、当時のことを憶い出して次のように語る。
「私は午前三時に自宅への電話で叩き起こされて、「本日、午前八時に業務停止命令が出る』と知らされた。
五0あった支庖の支庖長の自宅に電話して、『すぐ出動せよ』と伝えた。
私も午前五時前に、和歌山市八番丁にあった本店に駆けつけた。
寝耳に水とはこのことだ」。
大蔵省による業務停止命令は、シャッターを閉めて、新たな銀行業務をすべて中止せよ、ということだ。
この日(一九九六年二月一二日)だけで一万五七00の口座から、二五0億円の預金が流出した。
午前一0時半ごろには、本店のカウンターの前で中年の女性が倒れ、救急車で運ばれていった。
H銀行の場合、不良債権が決算時の公表額のおよそ四倍の一九00億円に遣し、貸し出していた資金の四三%(同年三月末は一二%)が回収不能に陥っていた。
しかも、二一八億円の債務超過という、惨憎たる内容だった。
だが、倒産の本当の理由は別なところにあった。
「副頭取のK友三郎が白昼堂々、射殺され、内部関与説が出た。
実行犯は別にいるが、殺人を指令した人物が銀行の内部、それも経営の中枢部にいるという指摘だ。
しかも、その犯人がいまだにつかまらない。
捜査関係者は、今でも銀行内部の、ある人物が捜査の本線だと言っている。
こんな銀行を存続させたら、次に何が起こるかわかったものではない。
大蔵省の若手幹部は、H銀行の倒産後、こう打ち明けた。
金融当局のこの考え方は、一五年余り経った今でも、まったく変わっていない。
事件発生から一0年を迎えた二00三年八月五日朝、和歌山西署は、JR和歌山駅、N電鉄和歌山市駅や現場近くの堀止の交差点で情報提供を呼びかけるチラシ、三000枚を配った。
和歌山県警はそれまでに延べ八万二八三五人の捜査員を動員。
七五一件の情報が寄せられたが、有力な手がかりはない。
最近では、情報も途絶えがちだという。
戦後初めて倒産した銀行としてその名前を金融史上に永遠に残すことになったH銀行が残務処理を終わり、一九九八年一月二三日に呼吸を停止した。
この目、同行の前身のN無尽の発祥の地、和歌山県田辺市の田辺支庖で、さよならコンサートが聞かれた。
W室内管弦楽団の寂しげなバンドネオンの響きは、五七年間の負の歴史と重なり、再就職の道を閉ざされて暗譜たる気持ちになっていた中高年の行員と、メインバンクを失った零事業主の涙を誘った。
和歌山の深い閣を象徴する不動産会社、W開発(M社長)が会社更生法を申請したのは、およそ一ヵ月後の同年二月一八日のことだ。
負債総額は七0八億円。
和歌山県の指定金融機関、K銀行と系列ノンバンクからの融資総額は約五六0億円に達し、「T信託銀行(当時、その後、U信託銀行、さらにはMU信託銀行へと行名が変わった)系のノンバンクとD0コーポレーションが共同出資してつくったNファイナンス(当時)の融資分(二社で推計一四0億円)もK銀行が債務保証をしていた」(近畿の有力金融筋)という。
W開発とH銀行が消滅したことで、関西の金融スキャンダルの震源地、和歌山の闇に蓋ができたのであろうか。
答えは「ノー」である。
金融無法地帯・和歌山の聞は一段と深まっている。
H銀行の閣は日本の闇K元副頭取の射殺事件は未解決のままだ。
地元政界の有力者は「当初から県警に、解決しようという熱意が見えなかった」と嘆く。
H銀行の不動産業者向けの融資は全貸出残高(約五000億円)の四0%を優に超えており、「第二地銀の中でも最悪。
もはや引き返せない状態になっていた」(H銀行の総務担当の元幹部)。
このころ、Kは系列ノンバンク経由で融資されていた不動産業者向けの債権回収を陣頭指揮していた。
やり方は強引そのもの。
部下の尻を叩き、昼夜を分かたず回収に走らせた。
このためKのもとには、その筋とすぐわかるような人物が連日のように押しかけてきた。
K自身は「誰にどういう目的で会ったかという、Kメモを残していた」(Kの元側近)。
このKメモを真剣に解説すれば、射殺事件に光があたるといわれて久しい。
K射殺事件の後、「系列ノンバンク倒産の責任を取れ」。
大蔵省はこう言て頭取のHに詰め腹を切らせたと、既に書いた。
和歌山県警などの調べでは、H・元頭取は一九九二年二月三0目、暴力団組長の妻が所有する和歌山市畑屋敷の土地やS土地開発所有の廃業した旅館、K荘の土地・建物に根抵当権を設定し二億三000万円を融資した。
しかし、担保が十分でなく、同行に融資額相当分の損害を与えたという。
当時、月刊誌『S』が、H銀行の経営危機説や経営陣の対立説といったスキャンダル記事を連続して掲載していた。
H・元頭取ら経営陣から「記事掲載を中止させられないか」との依頼を受けた、W開発のMが暴力団の組長と相談して掲載の中止工作を行っていた。
この中止工作の見返りが情実融資だったわけだ。
月刊誌を発行する出版社の社長に、銃殺されたK副頭取が会って、「掲載中止」を要請したこともわかっている。
一九九七年二月三日午後二時五五分、和歌山市内のH・元頭取の自宅に捜査員八人がパトカー二台に分乗して到着し、次々と家の中に入った。
約一0分後、捜査員に固まれてグレーのスーツ姿のHが姿を現した。
終始うつむき加減で捜査員に抱きかかえられるようにして車に乗り込んだ。
一九九九年三月三0日、和歌山地裁の0裁判長は「暴力団組長への不正融資である。
銀行の公共性に反する悪質な犯行」として、懲役二年、執行猶予三年(求刑では懲役二年)を言い渡した。
0裁判長は「頭取として不正融資を中止させるべきだったのに、自己の地位を守るために融資を決裁した」と断じた。
Hは、判決が執行猶予付きだったこともあって控訴しなかった。
実に興味深いことがある。
Hの逮捕にあたり、「破綻した金融機関の経営陣に刑事責任を問うという、われわれの執念が実った」と和歌山県警はコメントを出した。
地方の警察がなぜ、こんな高度な問題意識を持って行動できたのだろうか。
答えは一つしかない。
当時の和歌山県警本部長、Aの存在だ。
Aは大蔵省のキャリア組だ。
大蔵省のキャリアが、知事より強力な権力と情報を持つといわれる県警本部長としてやってきたのだ。
関西の金融関係者は「和歌山で何か起こる」と予想していた。
大蔵省のキャリア組が県警本部長になるケースは唯一、県下の「金融機関に重大な犯罪あり」のときだけだ。
金融機関のトップが捕まるか、事件絡みで銀行が潰れるかである。
H銀行の元支庖長の証言。
「Hさんの逮捕は、H銀行への業務停止命令が絶対に間違っていなかったことを証明するために、大蔵省一家が総がかりで動いた結果でしょう。
銀行がヤクザに情実融資している例など、関西の銀行ならいくらでもあった。
有力都銀をみてごらんなさい(彼はS銀行、D銀行と、今はもう消失してしまった行名を具体的にあげて説明した)、ヤクザへの融資なぞ、日常茶飯事だった。
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